人生に意味はあるのか?

皆さんは「自分は何のために生きているのだろう」と考えたことがあるだろうか?この問いはかなり漠然とした抽象的な言葉だ。

この記事では「人生の意味」という言葉を「全ての人に共通する生きる目的、存在理由」という意味に定義して話を進めていこうと思う。

何かの静的な物であれば存在意義はわかりやすい。ナイフは物を切る為、鉛筆は文字を書くため、冷蔵庫はものを冷やしておくために存在している。

これらの物に存在意義が明確にあるのは人間が生み出したものであるからである。

では生き物についてはどうだろうか?生き物は自然が生み出したものだ。

世の中には生物がなにかとてつもなく高度な知性や能力をもった主体(神)によって創造されたと考える人たちがいる。それはインテリジェントデザイン説と呼ばれるものだ。もしも仮にこの考えが正しければ、理由もなく何かを作らないだろうから全ての生物には何らかの存在意義があるということになる。

しかしこの考えは何も説明してはいない。結局のところなぜ生物が存在しているのかは良く分からないと言っているようなものだ。

神という存在を人間が信じるようになったのは台風や地震などの天変地異のような説明しづらいことを説明するのに極めて便利な存在だからなのではないか。

全てを説明する理論は何も説明していない。

神が人を創造したのではなく、人が神を創造したのだ。

神という概念は人間の豊かな想像力による産物と言える。

植物や魚、鳥、爬虫類、哺乳類、霊長類などの生物は何のために存在しているのか、それらの生物は意味があるから存在しているのではない。単に環境に適応し増殖しやすいものが存在しているだけだ。そうだとすれば人生に共通の目的など存在しない。

人生の意味について考えるのはほとんど時間の無駄だ。そこから何も得ることはできないだろう。

我々は特定の仕事を遂行するために作られたロボットではないのだ。

人生には意味がない。だからこそ我々は自由に考え、行動することができる。

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