大半の人は偏差値の高い進学校に通わないほうがいい。

・私の経験

私は小学生の頃は親の言う事を聞いてよく勉強する子供だった。

いわゆる良い子である。

そのためか学校の成績はよく、クラスの中ではほぼ常に上の方だった。

小学校高学年になると中学の進学することについて考えるわけだが、成績の良い子は地元の中学にではなく、塾に通って、進学校に通うことを目指している傾向があった。

そこで私も自然と中学受験で良い中学に入ることを目指すようになる。

受験勉強は小学校でやらされる勉強よりも難しく、かなり苦労したがなんとか偏差値がまあまあ高い中堅の進学校に入ることができた。

中学では最初の頃は成績が良い方だったが、進級するにつれて徐々に成績は落ちていく。

その原因は学校の授業のスピードが早かったことと小学校の頃と比べ、相対的な順位が落ちたことだ。それにより徐々に勉強に対する意欲は衰えていったのだ。

結局、人間関係が上手くいかなかったこともあり私は不登校になってしまう。

私立中学に進学したことは大きな失敗だと思っている。

親の影響もあり、良い学校に行けば、それが良い人生につながると漠然と考えていたが、それは間違いだった。

偏差値の高い学校に行くことはむしろ逆に挫折のリスクを高めるのではないだろうか。

・引用

マルコム・グラットウェルが書いた「逆転! 強敵や逆境に勝てる秘密」という本では大学選びに関する話題がある。

そこではアメリカの大学の理系専攻学生をSAT(大学進学適正試験)の数学の点数で分け、彼らの理系学位取得率について調べた調査が取り上げられていた。

その調査の結果、分かったことは数学の点数そのものの水準よりも大学内での相対的な点数の水準が学位取得率に関係しているのではないかという事である。

例えばハーバード大学のような有名な一流大学で成績下位のグループと無名大学の上位の成績グループの学位取得率を比較してみる。

この2つのグループの数学の平均点数は同じくらいだが、前者よりも後者の方が学位取得率は高いのだ。

この理由を著者は「相対的剥奪」に求めている。

相対的剥奪とは人は自分が所属する組織の他の人間と己を比較するため、たとえ本人の状態が良くても、比較する相手より劣っていれば不満や劣等感を抱くようになってしまうという現象である。

その様に人は考えるため一流大学の成績下位の学生は劣等感を感じ、やる気を失ってしまいがちで学位取得率が低いのではないかということだった。

・結論

学校選びにおいては偏差値の高い学校に行くことよりも実力にあった卒業しやすい学校に行くことが最も重要なことなのだ。

私立中学受験は公立の中学に進学するよりも余計に数百万円の費用がかかる。そして時間と労力もたくさんかかかる。その結果として手に入れたものは挫折と劣等感だった。

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